「ずっと聴いていられる」音楽とはなんなのだろうか Chris Speed “Platinum on Tap”

最近ヘビロテしているアルバムがある。

Platinum on Tapだ。

Chris speedのトリオ。

Chris speed、chris tordini、dave kingというどれも最高なメンバーで繰り広げられる演奏。

 

「ずっと聴いていられる」音楽だな、と一聴して思った。

と、同時に「ずっと聴いていられる音楽とはなんだろうか?反対に1回聴いたらもういいや、となってしまう音楽とはなんなのか?」ということについて、ふと考えてみた。

 

答えは出ない。

あくまで個人の好き勝手な随筆として思ったことを書きなぐっていきたい。

先輩と話した「Three Guys」

当ブログにて何回か登場している宮崎氏。

神戸のBIG APPLEにてミュージシャンの先輩のライブを観てきた

 

以前氏と「Three Guys」の話になった。

Three Guysとはlee Konitz、steve swallow、paul motianのトリオアルバム。

Lee konitzやpaul motianのオリジナルを含む演奏だ。

 

数年前、ふと寄ったCD屋で、何と再発キャンペーンかなんかで1000円ぽっきりであった。

帰りの車で聴いてみるとめちゃくちゃいい。

以降ヘビロテ必至となったわけだ。

 

1曲目はいきなりコニッツのソロではじまったかと思いきや、次にスワロウのソロ。

あぁバースで回しているのかと思った矢先、paul motianのいつもの空間的なソロが続く。

でトリオの演奏。

でテーマで〆るという流れだ。

聴きすぎてコニッツのソロは鼻歌で全部歌えるレベルになってしまった。

この曲に限らず、このアルバムは大体そうなのだが。

 

さて宮崎氏と何かの雑談の時、このThree Guysの話になった。

氏も「あれはいいね。ずっと聴いていられる」と話されていたのを覚えている。

僕も全くの同意見であった。

 

「ずっと聴いていられる」音楽とはなんだろうか

で今回はまっているPlatinum on Tap。

これも冒頭で述べた通り、僕にとっては「ずっと聴いていられる」。

 

両者の共通点とはなんだろうか。

まず挙げられるのは「コードレストリオ」ということだ。

コードレストリオは一般的に、バッキングでコードを出すピアノやギターが不在の編成をさす。

僕はこのコードレストリオの編成が大大大好きなのだ。

 

一般的に、コードのバッキングがないだけで、かなりバンドのサウンドに空間が出来る。

加えてイン・アウトの音のチョイスでかなりの緊張感が出る。

奏者の実力勝負な部分がかなり大きい。

 

ただ、コードレストリオであればずっと聴いていられるか?と言えば、答えは否だ。

 

例えばロリンズのnight at the village vangard。

ロリンズ、ウィルバーウェア、エルヴィンという強力なトリオで、これはこれで大好きなアルバムだ。

いつもの如くロリンズは豪快だし、ちょっと変てこでゴムっぽいビートのあるウェルバーウェアもいいし、エルヴィンは言わずもがな最高。

しかしこのアルバムは一回聴くと「あぁ、やっぱライブ盤ということもあってか、アツいなぁ。良かった良かった」みたいなことを思いながら、棚に戻してしまう。

再度聴くのは数日後か数週間後か、あるいは数ヵ月後か。

 

ではずっと聴いていられるを明かすために、逆にずっとはとても聴いていられないものに焦点をあててみようと思う。

これには2つあると思っている。

1つは世間的には良とされていて自分もどちらかといえば好きなのだが、やはりドキドキ感には欠けているもの。

もう1つは聴くのに多大なエネルギーを消費してしまうもの。

 

前者の場合、ぱっと浮かんだのは「ウィーゲットリクエスト」

ジャズの入門書には必ずレベルで書いてあるし、ジャケも有名だし、曲もキャッチーで、とても世間一般のジャズ像に近いものだと解釈している。

オスカーピーターソンのコロッコロした陽気なピアノに、黒くて強烈なビートのレイブラウン、そしてエドシグペンのよりそうようなドラムワーク(個人的にブラシの演奏が好き)。

部屋でBGM代わりにしてもいいし、めんと向かって聴く(表現がおかしいか?)アルバムだと思う。

※ちなみにこのアルバムはレイブラウンを聴くためのアルバムだと僕は思っている。

 

で、このアルバム。確かに良い。

良いのだけど、ことドキドキ感にはかーなーり欠けてしまう。

良くも悪くも安定感があり、いっつも通りのピーターソン。

これまた抜群の安定感のレイブラウン。

良くも悪くも地味なエドシグペン。

 

聴いた後の感想はいつも「うん、よかった」の一言だけで、即棚へ戻してしまう。

(ちなみにこの良かった感も僕の中では年々かなり薄まってはきている)

 

もう一方は多大なエネルギーを消費してしまう系で、僕の中ではフリーのアルバムに多い。

よくあるのが曲名をみると

  1. part one
  2. part two

の2曲だけ、みたいなやつ。

30分の演奏あたりまえ。

のっけからサックスの咆哮がなり響くようなやつである。

 

やっぱりインプロは全体のストーリーとして捉えないといけないと思っているので、聴く側も全く気が抜けない。

一般的な「あぁ!あの曲のあの部分の1フレーズがいいよね!」なんてレベルではないのだ。

向こうも必死(録音だけど)、こちらも必死

1曲を聴き終えたとき、こみ上げてくるものがある時もあれば、

「おもんね。30分無駄にした」の時もある。

 

がっつり聴くので、聴き終えた後は仕事終わりような疲労感すら感じ、「生ください!」と叫びたくなることもしばしばだ。

こういった系統のアルバムも、当然ながらずっとは聴いてられない(人によるかもしれない)

 

以上をふまえた僕自身の仮説は「どこか抜け感のある名手達が織り成す、やや危うさを孕んだ演奏」を「ずっと聴いていられる」音楽として認識しているのかもしれない。

※ここでいう「抜け感」は僕自身もかなりふわっと捉えている。空間的にもサウンド的にもギチっとしてない、というニュアンスが一番近いかもしれない。

 

僕にとってPlatinum on Tapは「ずっと聴いていられる」音楽

再びThree Guysをみてみよう。

三人とも名手も名手。

とりわけコニッツとポールモチアンは、サックス・ドラムの各楽器において、屈指の抜け感を持つプレーヤーではないだろうか。

 

また先ほど「危うさ」と表現した。

これにはコードレスという下地が結構寄与していると思う。

でThree Guysの演奏形態もやはりコードレス。

 

また彼らの演奏自体「いっせーのっせ!」とか「よーいドン」で始まる感じではなく、かなり自由に近い。

普通に演奏してもいいし、完全ソロになってもいいし、ある楽器が抜けてもいい。

 

もしかしたらガッチガチに決め打ちした演奏内容かもしれない

僕はこのアルバムではそんなことはないと思っている。あくまで憶測)

が、「ある曲を演奏する」以外のことは自由に演っていい、というスタンスに思える。

 

お次に今回とりあげたPlatinum on Tap。

三者ともいい感じに抜け感がある。

いい感じに脱力したクリススピードの音色。

クリストルディーニの重ったい音色に加えて音のチョイスっぷり。

いい塩梅のデイブキング。

 

キャッチーなテーマのメロディかと思えば、内容は全然キャッチーじゃなかったりする。

加えてアルバム全体の絶妙な緩急っぷり。

 

色々分解してみれどガチガチっとした答えは出ていない。

が、おそらく上記にあげた様なフワっとした感覚に基づき、僕は「ずっと聴いていられる」と解釈するのだろうな、と思った。

 

ようやくするとPlatinum on Tapはめちゃいいアルバムです。

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