最近「ラーメンは最高のエンタメかつアートではないか?」と思うようになった話

何を言っているのかワケがわからないと思うが、最近

「ラーメンは最高のエンタメかつアートではないか?」と思うようになってきた。

 

あくまで一地方のメーカーの開発職に携わるものの戯言として読んで頂きたい。

一時期敬遠していたラーメン

実は一時期、そして最近になるまでかなりラーメンを敬遠していた。

それはトレーニングにのめり込んだ3年くらい前からだろうか。

持ち上げられる重量が日々増えていくこと、自身の身体の変化も相まって僕はどんどんトトレーニングにのめりこんでいった。

(余談ではあるが、元々運動嫌いもあってか、ジム通いの人からすると「そんだけしかやらんのか?!」という運動量であることは否めない)

 

さて、トレーニングを始めると、食事にもこだわるようになる人がいる。

まさに僕がそれであった。

それで色々調べていくうちに、マクロ栄養素を知った。

この概念を知った時は本当に目からうろこであった。

いかに自分がたんぱく質をおろそかにし、糖質と脂肪をむさぼり食う豚だったかを認知したのだ。

 

それからはプロテインも購入し、自炊も高たんぱく、低脂質の食事中心になった。

毎週大量の胸肉を買い込み、色々アレンジしたものであった。

思うに、僕はこのストイックすぎる食事も、婚約破綻の原因であったのではないかと推察している(というか確信)

今更ながら「嫌われる勇気」を読んでアドラー心理学にハマり、実践の難しさを知った

 

で、ここまでこだわってくると、これまた一部の人にみられる現象がある。

それは、ちまたにあふれる食事を

「あんなものはデブの食い物だ」

として批判してしまうのだ。

ランチで食べるカツ丼大盛り+うどん小鉢なんかは、軽蔑の対象になってしまった。

 

いや、もしかしたらそんな人はほとんどいないのかもしれない。

だが少なくとも僕はそうであった。

それゆえ、以前はあんなに大好きだったラーメンを嫌悪するようになった。

 

かつて福岡に旅行した時なんかは朝・昼・晩・深夜毎食ラーメン漬けになるくらいラーメンフリークだったのに、だ。

今振り返ると、動物愛護団体が過激になりすぎてテロリストまがいの行動を引き起こすまでになってしまった、そんな感覚に近い気がする。 

ラーメンで太るのではなく、日々の食生活がダメだから太る

転機は、今の職場。

 

前職では田舎の醤油メーカーで開発職を担当。

だがおよそ世間のメーカーの開発職とはかけはなれているほど、試食もしないし開発の仕事自体をやっていなかった。

 

だから今の職場にうつって、まさかこんなにも食いまくるのが仕事だと思わなかったし、これが開発職だとは想像もつかなかった。

麺も扱うメーカーを気軽に受けたものの、実際の仕事に従事してみるとその試食のすさまじさに愕然とした。

 

しかもあれほど嫌悪していたラーメンを食いまくるのだ。

はじめは「えぇ…まじか…」となっていた。

 

某ウーロン茶のCMでもあったように「美味しいものは脂肪と糖で出来ている」

そりゃそうだ。

かつて僕らの先祖が狩猟生活だったころ、毎日を生き抜くのに必死であった。

そんな環境下でエネルギーになりやすい糖、それからエネルギーとして貯蔵でき燃焼すれば大きなカロリーを生む脂肪を、本能的に好きにならないわけはないだろう。

 

でラーメンを見てみると、これが見事に糖と脂質の塊w

そもそも、これが嫌悪していた理由でもあった。

 

だがマクロ栄養素の知識や習慣的な運動、栄養バランスに気をつけると、

日常的にラーメンを食べてもブクブク太りはしない。

「お前はまだアラサー。比較的若いから太らないんだ」という意見もあるかもしれないが、

知り合いに言わせると現在の僕は「むしろ痩せている」そうだ。

これは以前と比べ、かなり食事コントロールをしているからだと思う。

 

したがってあれほどデブの食事として避けていたラーメンであるが、

「肥ってしまうのは自分のせいであって、決してラーメンのせいではない」

ということがよくわかる。

 

ラーメンはエンタメかつアート

さて、ラーメンであるが、これはエンタメかつアートなんじゃないかと最近強く思うように

なった。

 

エンタメの理由

小麦粉を練って、伸ばして、切って、ゆでる

スープもガラや肉・骨を炊き、ベースを作る

カエシとよばれるタレを調整する

トッピングの具材を見た目も重視して選定する

 

ざっくりこれらの組合せでラーメンは作られる。

書いていても

「めんどくせ!こんなんよう作るわ!」

と思ってしまう。

 

こんなにめんどくさい工程を踏んでも、ラーメン屋はラーメンに魅了され、僕ら客もラーメンに魅了されている。

しかも前述の通り、糖と脂質の塊の「おでぶの食事」であるにも関わらず、だ。

これの答えはラーメンの「エンタメ性」だと考える。

 

やっぱりラーメンは美味い。

麺は噛めばかむほど甘みが増し、小麦の風味がする。

何より我々日本人に馴染み深いグルタミンを感じるのだから、老若男女が麺をすする理由というのもよくわかる。

スープにもドップリ旨味が出ていて、トータルで美味さを感じる。

 

しかもバリエーションが超多彩。

醤油、塩、味噌のシンプルなものから「?!」というようなニューウェーブ系まで、さながら異種格闘技戦のよう。

また醤油1つとってみても、なんと鶏と水のみでスープをとるところもあれば、いくつもの素材を炊き込みまくって作るものなど、多種多様。

 

また同じ店舗でもその日の出来具合によって味の変わる店もある。

これについては二度と同じ演奏がないジャズのライブを観る高揚感にも似たものがある。

(ちなみにセントラルキッチンと呼ばれる1点でスープを作り、各店舗に配る店もある。これの方が味のブレは少ないのだが、なんとなく僕はブレもある個人店の方が好きだ)

 

やはりこの

「やっぱここのラーメン美味いなぁ!」という満足感とか

「この汚い店、美味いのかな…」とドキドキの入店時の気持ちとか

「新しいお店だ!しかも○○で修行してた人が店主!」と雑誌で見つけた興奮とか。

 

そういった強いエンタメ性をラーメンは有している。

 

もう1つは「アート性」

アートは往々にして自己の表現だ。

だから、内なるものを表現したジャズには心を奪われるし、ムンクの絵画にはハッとさせられるものがある。

東京のムンク展に行ってきた

 

ラーメンもまた然り、と最近強く思っている。

どのお店もそれぞれのオーナーの思いを体現したものだ。

これが丁寧なものがあったり、荒削りなものがあったりと様々。

さらに丁寧なものでも、丁寧すぎてつまらない、というようなことが、よくある。

 

食べログやブログ、雑誌で絶賛されているものの、

実際に食べてみると大して美味くないこともザラにある。

 

これは、「ジャズ名盤100!」みたいな本に絶賛されているものの、

ちゃんと自分の耳で聴いてみると

「本当にこれいいか?!」

と思ってしまう感じに似ている。

 

すなわち「自己の審美眼と主観にかなり影響される」ということ。

 

とはいえ、やはり「至高」とされるものには、大体の人が「そうだよね」と納得しちゃうものがある。

これこそアート。

でこの土俵にラーメンも乗っかっちゃっているよなぁというのが最近思うこと。

 

このエンタメかつアート性というのが、ラーメンの本質ではないかと感じている。

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