中村達也氏のソロドラムの動画を観て「その人の音」という事に思いを馳せた

とある動画を観て、思った。

それは「その人の音」ということについてだ。

 

楽器を嗜んだことのない人からすると「?」かもしれない。

だが、演奏というものは大変興味深く、「その人の音」というものが強烈に出てくる。

これが「個性」だったりする。

 

このことについて、ボケーっとビールを飲みながらinstagramを眺めていて、久々に思いを馳せた。

そこでほろ酔い状態のうちに思ったことを書きなぐりたいと思う。

かつてのblankey jet cityへの傾倒

少し僕の話をすると、高校時代にblankey jet cityにかなり傾倒していた。

 

超有名バンドなのだが、一応知らない人のために補足。

一昔前、「いかすバンド天国」通称「イカ天」という番組があった。

アマチュアを中心に、審査員の前でバンド演奏を披露。

そこでチャンピオンを5回死守すればメジャーデビューが約束される、というとんでもない番組があったのだ。

「たま」や「BEGIN」などもこの番組出身。

 

で、blankey jet cityもこの番組出身。

当時出演後「えぇ?!なんだこのレベルの高いバンドは?!」

と審査員達を驚かせたのだ。

 

再び高校時代。

クラスでかなり可愛い子が音楽好きだった。

ひょんなことからその子と音楽の話に。

なんとしてでも接点を作りたかった僕は「なにかオススメ貸してよ」と懇願。

すると「今ハマっているやつ」としてblankey jet cityの「赤いタンバリン」を貸してくれたのだ。

 

最初はさほど興味が無かったが、そのキャッチーなメロディに次第にハマっていくことに。

元々メロコアからパンクロックに傾倒していたこともあり、特にblankey jet cityの初期の作品にどんどんハマっていった。

浅井健一氏の特徴的なヴォーカル、ほぼ意味不明なイカれた歌詞、日本のバンドでは聴いたことのない音楽性、三人バンドとは思えないライブパフォーマンスetc…

 

そのどれもが刺激的で全アルバムをコンプリートし、いつ何時も聴いているほどハマっていた。

「大学に入ったら軽音に入り、絶対blankey jet cityのコピーバンドをやるのだ!」

と意気込んでいたのだが、入学間もなくさほど興味の無かったジャズ研に入部。

以来、ジャズにどっぷり傾倒している。

 

中村達也氏のソロドラムの動画

さて少々前置きが長くなってしまった。

ふと先程目にしたのがそのblankey jet cityのドラマーだった中村達也氏のinstagramである。

 

実を言うと、blankey jet cityの解散後の彼らの動向はあまり熱心に追ってはいない。

だから中村達也氏がソロドラムツアーをやるという情報も

「へー近くであったら行きたいなー」

といった平凡な感想を持つ程度であった。

 

で、そのソロドラムツアーが終了したとのこと。

氏がinstagramでその極一部をアップしていた。

それが以下

 

たった数十秒の動画なのだが、これを観て

「うわぁぁぁ!!ブランキーのドラムの音じゃん!ていうか、これが中村達也氏の音なのか!!!!」

と感心と興奮を覚えてしまったのである。

 

音色なのか。手癖なのか。はたまたそのリズム感なのか。

おそらくそのどれもをミックスしたものだろうが、確かに聴きまくったblankey jet cityのドラムの音、つまりは中村達也氏の音だと感じたのである。

 

「その人の音」というものを強烈に感じるのがジャズ

以前、音色について記事を書いた。

彼の音楽と、音色に関して ingebrigt haker flaten “Elise”

 

「その人の音」を容易に感じることが出来るのが「音色」だと思う。

演奏トータルでみると、フレージングだったり、そのタイミングであったり、リズム感であったり、ピッチであったり。

その総合的なものが「その人の音」となる。

これは特にジャズでは顕著だ。

 

それはジャズの性格の2つの面が関与していると思う。

1つはインプロヴィゼーションが主体であること。

もう1つは寛容さがあること。

 

前者は言わずもがな。

これが醍醐味であり、その人の個性を表す。

 

後者は漠然としているが、具体的に言うとピッチやリズム、インプロのイディオムに関してだ。

サックスでピッチが多少うわずっていても、それがジャズだと「個性」として認知される。

一方、幾人もの吹奏楽出身者に言われたのだが「このCDのサックス、音がうわずってて下手くそ!」と一蹴されることも多い。

リズムやインプロの仕方についても、似たような事例がある。

 

で、僕はこの総合的に感じる「その人の音」が大好きだ。

特にジャズにおいて。

 

チャーリー・ヘイデンなんかはソロの途中から聴いても、必ずチャーリー・ヘイデンだとわかる。

独特の歌い方、音色が起因している。

 

レイ・ブラウンの太い木の音色で、指板の上から下までを使った歌心あるベース。

チェンバースの雑味のある音色に、ビートはジャストど真ん中のゆるぎない感じで、システマティックなライン。

ヴィトウスの超絶的なソロとおどろおどろしいアルコとたまに何を弾いているかわからないベースライン。

デイブ・ホランドの案外忠実なベースラインとタイミングの変わっている歌心爆発のソロ。

ロン・カーターのピッチの悪いグニャグニャの伸びーる音色と何故かトニー・ウィリアムスと組むと悶絶級のビート感。

 

ベースに限らず、「往年の名手」や「注目の人」と呼ばれるプレーヤーには必ず「その人の音」がある。

 

より複雑化する「その人の音」

「その人の音」は、コンテンポラリージャズにおいて、より複雑化してきていると思う。

 

なぜか?

これは憶測の域を脱しないのだが、

  • 教育の充実
  • ジャズの発展

の2つを真っ先に挙げてみたいと思う。

 

前者は、やはり学校でジャズの知識とテクニックを教えられることにある。

ジャズの黎明期は理論立てて進めてこなかったため、常に創造の連続であった。

よってある才能に突出したプレーヤーが多く輩出されてきた感がある。

これがある程度体系化されアカデミックになると、教育を受けた人全員がかなり高い基礎能力を携えていることになる。

ゆえにさらに個性を出そうとすると、かなり高いレベルが要求される。

ましてジャズ。

誰かの二番煎じだと興味も持ってもらえない。

 

それから後者のジャズの発展。

特に最近のコンテンポラリージャズは曲あるいはバンドサウンドに注力されている。

(もちろんその土台は傑物のプレーヤーありきなのだが)

加えて4ビートに縛られない音楽性。

例えば変拍子、ロック・クラシック・ブラックミュージックとの融合は当たり前。

こうなるとジャズの黎明期ではバック⇔フロントの構図で良くわかりやすかったのだが、

昨今ではプレーヤー同士の個性の塊みたいなもので作品が練られてくる。

 

以上2点の理由から、ぱっと聴いただけで「その人の音」を理解するのが、昔より断然難しくなってきているのではと感じている。

 

とはいえ、トーマス・モーガンもクリス・トルディーニもドリュー・グレスも「その人の音」がもちろんするんだけど。

 

最近だと先輩の音が、前よりグッと鮮明になってきていると感心・感動してしまった。

神戸のBIG APPLEにてミュージシャンの先輩のライブを観てきた

 

やはり「その人の音」を出せるようになりたい

やはり一応の楽器弾きとして「その人の音」を出せるようになるのが、目標ではある。

 

かといって、それは並大抵のことではない。

事実僕のお師匠様はべらぼうに上手いのだが、「その人の音」が出ているか?というと、それは「?」である。

それほどに難しい問題なのだ。

 

とはいえ面白いのが、必ずしも上手さが「その人の音」に直結しないところだ。

例えばジュゼッピ・ローガン。

彼の音を聴いたら、絶対彼だとわかる。

だが上手いか?と問われれば、そこは「?」なのである。

 

では「その人の音」を追求するにはどうしたらいいのか?

ここからは妄想の域を脱しないが「楽器との距離の近さ」と「自らを表現する意識を持つこと」なんじゃないかと思っている。

 

ふと、そんなことを中村達也氏のドラムを聴いて思った次第だ。

 

おわりに

ということでblankey jet cityと中村達也氏、そして「その人の音」に思いを馳せた記事でした。

 

いい加減毎週末婚活している場合じゃないなと痛感した(白目

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