大学院進学に理想を抱き、結果奨学金300万円を負った哀れな既卒フリーターの話

大学院二年生の初夏。

彼は焦っていた。

夢、あるいは一種の人生の逆転劇を妄想し、既卒フリーターから大学院進学を果たした。

にもかかわらず、ことごとく就職面接に落ちていたからであった。

 

本記事は、この哀れな男の数年をクローズアップしてみる。

奨学金、既卒、現実に向き合えない。

こういった言葉に反応するのであれば、ひょっとしたら読み進める価値があるかもしれない。

自己中心と劣等感の塊

彼は自己中心性の塊のような男であった。

 

大学学部4年の夏、突然父親から「学費を払う余裕が無い」と言われ、エスカレーター式に進もうとしていた大学院進学を断念。

「大学院試験直前でそんなことを言われても、大手の就職試験は終わっている。今から就職活動をしても仕方が無い」

「理系で院に行かないなんて今の時代考えられない。周りが悪い、環境が悪い」

彼は、いつも自分の外に責任を求める体質が染みついていた。

 

結果、特に行動を起こすことはなかった。

就職活動をせず、残りの学生生活をきっちり楽しみ、そのまま大学を卒業。

実家に戻り、フリーターになる。

「こんな現状になってしまったなんて、僕はなんて哀れなんだ」

彼は、依然として己の外に責任を見出していた。

 

また、彼は劣等感の塊でもあった。

特に既卒フリーターの身分を、彼自身相当気にしていた。

だから、どこかで逆転したい。

そんな気持ちを常に抱えていた。

 

半年間フリーターをして、その後半年間ヒモになった。

その後、ある分野の現場作業員(非正規)として働いた。

体育会系だった職場環境によって、ちょっとは腑抜けた精神が正されたようであった。

 

この現場作業員時代、彼は「大学院に進み研究をしたいという気持ちが捨てられない」と強く思い、大学院進学を決意する。

 

その思いの6、7割は、その通りだったかもしれない。

 

残りの3割ほどは「友人と比較し惨めなこの時分を、何とか逆転できる突破口がほしい。そのために大学院に行きたい」という思いがあった。

また驚くべきことに、少なからず「未だモラトリアムに浸りたい」という思いがあったらしい。

 

ともあれ、何とか彼は大学院に合格した。

そして翌年、大学院に入学した

 

入学しても

幾分現場作業員時代に矯正されたに見えたが、彼の甘えたその精神は大学院に進学しても大きく残っていた。

 

もちろん、当初は希望に燃えていた。

「自分は他の院生よりも歳をくっている分、人一倍頑張らないといけない」

そんな思いで授業はもちろん、講義後も図書館へこもって勉強した。

その後研究に勤しむ。

だが、それもほんの最初だけであった。

 

いつからか、堕落した生活が始まった。

思えば、当初の頑張りは、それはそれで持ちこたえていた方だったのかもしれない。

 

次第に勉強もしなくなった。

研究生活も、いかにして指導教官を切り抜けるかというサバイバルに変わった。

 

また、新天地は楽しかった。

彼の趣味もよりやりやすい環境になった。

ずっと田舎だった彼からすると新天地はとても栄えていて、たくさん遊べる環境だった。

 

膨らむ奨学金

生活費のほぼ全ては、奨学金に頼っていた。

 

「奨学金は借金」という認識は昨今世間に取り上げられ、ちょっとした社会問題にもなっている。

だが、その「借金」という認識が甘かった。

 

「借りればいい。社会人になったら返せばいい」

こうした安易な気持ちで奨学金を借り、在学期間で約300万円にもなった。

 

果たして、大学院の2年間で借金を増やし、望む結果を得ることが出来たのだろうか

 

就職面接は惨敗

院も二年目になった。

 

博士課程への進学を考えたが、金を心配し、進学を断念した。

本当のところでは、この分野で頑張れる気がしない、だったのではなかろうか。

 

就職活動を進めるも、ことごとく惨敗。

次第に志望企業というものは無くなり、手当り次第に面接に望んだ。

 

なお結果は惨敗。

 

彼は、「学部卒→フリーター→院を経て、なぜ志望するのか?」という基本的論述が出来なかった。

つまり面接の前提を自ら破綻させていたのだ。

 

彼はなぜかそれを、自分の年齢のせいにした。

中途半端な境遇が面接官から受け入れられないのだろう、と。

自己ではなく外側へ責任を求める癖は、染み付いたままであった。

 

また、情けない話だが、彼は就職活動の移動費のほとんどを彼の祖父から借りた。

かなり安い中古軽自動車が買えるほどの金額をもらったという。

それでいて就職が出来ない。

 

今の話になるが、金はいよいよ返せず、そのおじいさんは他界してしまった。

唯一この借金だけは、特別に悔いが残っているのだという。

 

就職

そんな彼もついに就職することが出来た

彼の地元の小さなメーカーである。

やっと安心することでき、彼は就職活動をやめた。

 

地方ゆえ全国の新入社員の給料をはるかに下回ることを、彼は完全には理解していなかった。

2年の大学院生活、300万円の奨学金を背負い、地方のメーカーに就職。

これをどう感じるかは本人に聞いてみるしかない。

1つ言えるのは、彼には現実を冷静に見る能力が無かった。

 

 

そして今

ようやく、自分の抱えた借金の多さに気づいたようであった。

 

元本、利子などを一応知識としては知っていた。

だが自分ごとにし始めたのが「今」というのは、なんとも情けない話である。

 

恐ろしい話をすると、彼は奨学生番号を4つ持っている。

高校生、学部生、大学院2つだ。

 

学部生から院にそのまま進学する際、奨学金を受け続ける選択をするのであれば、学部の奨学生番号を引き継ぐことが出来る。

だが彼の場合は既卒フリーターを挟んだため、口が4つとなってしまった。

総額は、中古のレクサスが買えるほどだ。

一度に4口の返済は、彼の家計に確実に打撃を与えている。

 

ちなみに全ての奨学金を返し終えるのは、50歳を迎えるあたりだという。

やっとこの現実を逃げずに捉え、ようやく彼は自分の状態を理解したらしかった。

彼は詰んでいたのだ。

いくつものターニングポイントを無視して。

 

おわりに

「彼」は僕のよく知る人物だ。

それは「僕自身」だからだ。

 

気持ちを吐露したくて書いたのではない。

幾ばくかの危惧は、かつての僕のような既卒フリーターがいるのではないかということだ。

 

実際フリーターをしていた時、似た様な考えの人がいた。

ブルーマウンテン卒、既卒フリーターであった。

その人はワンブリッジの院を狙っていた。

振舞いなどから、発言と行動の一致しない人物だなと感じていた。

今思うと、その人物も現状を冷静に捉えることが出来ず、一種の逆転劇を妄想していなかったのではないだろうか。

 

4年も大学に在籍した挙げ句、フリーターになった身で、大学院での逆転劇を狙ったとして、その後が好転するとは到底思えない。

 

今を生きよう。今と向き合おう。

シンプルな僕のメッセージが、どこかのかつての僕に少しでも響けばいいと思う。

 

今回の話にも通ずる、もっと早く読みたかった人生の指針となった名著

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