「洗脳」というと、多くの人が自分とは関係ない、と思うはずだ。
その言葉から宗教だったり、胡散臭いものを連想するのではないだろうか。
「洗脳なんて、馬鹿か、頭が良すぎておかしくなった人がかかるんじゃないの」
一般論はこうだろう。僕もそう思っていた。
しかし、振り返ってみれば、僕は立派な洗脳を体験していた。
しかもマルチとかではない。会社の研修で、だ。
それは先日、橘玲氏の「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」を読んで、気付かされたのであった。
洗脳の体験、それはちゃんとしたステップがあった
その本の中で橘玲氏は、朝鮮戦争における中国共産党による洗脳を受けた米軍兵士を例に、洗脳のステップを紹介している。
そのステップとは、「分離」、「移行」、「統合」の3段階で行われる、とある。
ちなみに、僕が体験したのは社員研修の一環だった。
その研修のテーマは「自分の価値観を打ち壊して本当の自分を見つける」とかそんな感じのやつだった。
当時は派手な演出などに洗脳や宗教っぽい印象を持っていた。
だがイマイチ言語化出来ず、モヤモヤしていた。
以下、橘氏の本より洗脳の各ステップについて確認し、研修が立派な洗脳であったことを証明していきたい。
「分離」
分離とは、相手を日常生活から完全に隔離すること。
(中略)
現実世界との交流を絶たれ、逃げ出す術がないことを思い知らされる。
研修は25メートル平方程の大きさの 部屋で行われた。
窓は無く、密室と呼ぶにふさわしい。
研修は、3日間ずっとこの閉鎖空間で行われた。
参加者は数十人と、アシスタント4人、そして講師一人だ。
途中何回か休憩を挟むものの、朝8時から夜8時すぎまでぶっ通しだ。
一日のプログラムが終わっても決して外に飲みに行くことは許されず、研修施設から宿泊先までタクシーで輸送される。
もうこれだけでドンピシャだ。
「移行」
移行では、自意識や自尊心を破壊し、セルフコントロールを失わせて精神的に不安定な状態に誘導する(頭をからっぽにする)。
(中略)
罵詈雑言を浴びせたり、意味不明のマントラを何十時間も唱えつづけさせることで、意識を人為的に混乱させ、正常な判断力を奪い取っていくのだ
以下、研修中に起こったことをパッと思い出して列挙。
・着席が遅かったので「あなたたちは過去最低の研修生達です。」
・「迷ったときは必ずやる!」という唱和をことあるごとにやらされる。
・パートナーを選び、相手の肩をつかんで、その相手の欠点を叫び罵倒する。
・一人ひとり難癖つけて怒られる。ちなみに僕は「若さが足りない」といって怒られた。
・宿題として、ノート半ページに隙間無くぎっしり今日の反省文を書く。隙間が空いていたら当然怒られる。また、隙間無く埋め尽くしても、なぜそのノウハウを全員と共有しなかったかで怒られる。
・その他、ことあるごとに怒られた(それでよく生きてこれた、何を考えているんだよ、全てあなたが悪いんだ、この程度しか出来ないのがあなたの実力だetc)。
幾度となく暴言を浴びせられ、泣いてしまう者も少なからずいた。
徹底的に追い詰める。これもドンピシャだ。
「統合」
統合とは、宙ぶらりんになった自己を〝正しい〟場所に着地させることだ。教義や思想を徹底して教え込んだ後、壁を打ち壊すような体験(イニシエーション)をさせる。
(中略)
中国軍の捕虜収容所では、毛沢東思想を賛美する手紙を故国の親に書くという「儀式」を乗り越えると、これまで鬼のようだった訊問官たちが満面に笑みを浮かべて抱擁してくれる。それによって捕虜は、自分が〝正しい〟場所にたどり着いたことを知るのだ。
移行のステップでは叫び叫ばれ、暴言を受け、今までの失敗を懺悔した。
まさに精神を丸裸にされた感じであった。
その後講師から、改めて今回の研修テーマの振り返りがあった。
振り返りが終わると、「人はみなダイヤモンドの様な本質を持っている」という話が始まった。
そして椅子に座らされ「膝の上にマイナスの観念に覆われた大きな石がのっている」と告げられる。
照明が落とされ、爆音のBGMの中、講師のナレーションが始まった。
曰く「今こそマイナスの観念の石を砕く時だ」と。
研修生は膝の上の石を割るように促され、何度も何度も割るジェスチャーを強要させられる。
そうして、講師から「ついに皆さんの石が砕けました!!!」という実況があった。
「その石の中から輝くダイヤモンドが出てきました。皆さん、それを掴んで下さい」との指示が下される。
ダイヤモンドを得て生まれ変わった研修生達は、講師とアシスタントから笑顔で祝福される。
その瞬間から、今まで鬼の形相だった講師陣は温和になった。
そこからの研修の雰囲気は明るくなり、活気が溢れ、一気にクロージングへと向かっていった。
やばい、これ気持ちいいほど洗脳だ笑
洗脳を体験出来るクソみたいな研修と読書の有益性
さて、僕は別にある宗教に体験入信した話をしてるのではない。
これは前の会社で、実際に受けさせられた社員研修という実話なのだ。
実際にこんな研修を受けさせる会社がある。
そして、こんな研修を行ってる会社もある。
ちなみに、橘玲氏によると洗脳というのは長く続くものではない、とある。
脳には強い復元力があり、ひとのこころは容易には変わらないことが明らかになった(中国で洗脳された米軍兵士も、帰国後しばらくたつとアメリカ社会に順応していった)。
これはかなり実感として、ある。
僕が受けた研修も、受けている最中大半の人はかなりのめり込んでしまう。
だが数週間もたつと「あれはなんだったんだろう ?」と、我に返ってしまうケースがほとんどだ。
そして、金をドブに捨てるかの如きその研修費用は、決して安くない 。
一回受けるのに約10万円。
その研修は、初級・中級・上級といったコースに分かれていて、総額では50万円以上する。
さて以前、ゼ◯ア新薬の研修で自殺が起きていた、というニュースを目にした。
ゼリア新薬の22歳男性「ある種異様な」新人研修受け自殺 両親が提訴
そのニュースを見た瞬間、僕の受けたのと似たような類の研修だったのだろうと推察した。
大きな会社でもこんなアホらしい研修を採用しているんだなぁと思った。
しかし、振り返ってみると、僕の受けた(アホらしい)研修プログラムは非常によく練られていたと思う。
洗脳のステップだってそうだ。
そのカラクリを理解した上で、プログラムを組んでいる。
講師も俳優並の演技力だった(じゃないと仕事にならないし)。
それと記憶力。
一人一人の名前を呼ばれる場面があったのだが、よく数十人を受け入れ、たった一日で顔と名前を一致させられるものだなと感心させられた。
また、「囚人のジレンマ」を応用したプログラムもあった。
ドラッカー先生の言葉を絡めたアリガターイお話なんかも出てきたりした。
そういえばアドラーも出てきたような…
もし事前に洗脳のステップや囚人のジレンマを知っていたら、いかにして人を感動させつつ、本質的にはお金をぶんどる好例として、実りある勉強にかわっていたに違いない。
僕の受けた研修は間違いなく洗脳だと感じていたのだが、これまでうまく言語化出来ずにモヤモヤしていた。
しかし、読書によって洗脳のステップを知り、言い表せなかったモヤモヤがスッと消え去った。
やっぱり読書はコスパがいい。
たったの数百円、高くても1500円そこそこで情報を掴みに行けるからだ。
もっと知恵をつけよう。そのために本を読もう。
知恵を活かして、直面する困難に立ち向かおう。
そんなことをふと思った、勤労感謝の日だった。
参考文献
糸冬